蘆屋道満。

人間なので誰でも悪い事は少なからずしていると考えられますし。安倍晴明も同じだと。盛り上げるための演出だと思います。

宮本武蔵と佐々木小次郎も、同じ感じですね。小次郎が悪い人間ではないですけど、武蔵を引き立てる様に描かれている。
耳の聞こえない小次郎の方も凄いと思いますが。
優劣をどうしてもつけたかった時代の書物。面白くしないと売れませんから。

道満は、
当時の正規の陰陽師ではなく、(本来の陰陽師は宮仕えの役人)
在野の法師、、、、にもかかわらず安倍晴明に匹敵する実力者として名が上がります。

安倍晴明が仕える藤原道長に、
対抗しようとした藤原顕光からの求めに応じて、安倍晴明と対決することも有りました。

鑓飛橋(やりとびばし)と、いう小さな橋があるあります。
伝説によると晴明と道満が、
式神を使い最後に壮烈な戦いをした場所が兵庫県の佐用にあります。ここでは家の井戸に式神を置いてきた道満は、破れてしまいました。😓😓😓

蘆屋道満は六芒星を目印として使用していました。六芒星は、二つの三角を互い違いに組み合わせることで調和を表しています。
ユダヤ教における「ダビデの星」と呼んだほうがピンとくる人も多いでしょう。

日本では「籠目(かごめ)」とも呼び、竹で編んだ籠の網目を図案化したもので、
魔を閉じ込める意味を持っているとされます。

童謡であり呪術儀式でもあるといわれる「カゴメカゴメ」にもつながっているという説もあります。
この六芒星と関係あるものとして「九字」があります。

これは、籠目と同様に4本と5本の直線で格子目を作り出し、たくさんの「目」によって魔を見張り、閉じ込めます。
芦屋道満が使うのがドーマンです。
安倍晴明は、五芒星セーマン。

実際には、蘆屋道満の方が安倍晴明よりも30歳以上若いといわれ、中央で華やかなスター的存在だった安倍晴明に対して、
蘆屋道満は地元密着型の親しみやすい呪術師だったともいわれています。

作られた現代のイメージとは違う本物の蘆屋道満の姿は、古い文献やゆかりの地を訪れると伝わってきます。

安倍晴明との対決で敗れ、さらに播磨の国に流された後にも追い詰められて死んだとされる蘆屋道満ですが、地元では好意的に評価されているほか、その子孫もまた呪術師・医師などとして地元のために働いたといわれています。

と言う感じの方ですが、宇宙人と係わりが有るようです。

芦屋道満が兵庫県の六甲山で、弟子達と修業をしていました。座禅を組んでいると座っている下から、なにやら声がすると言うことで、その場所を掘ったところ、33枚の石板が出てきました。

初めて私のブログに来られる方に、、、、
これが、ネットにも出ているカタカムナの話です。カタカムナの巻き物に繋がります。

楢崎皐月と言う方が、神戸の六甲に調査をしに来たところ、動物達が怯えているので、他のところでしてくれないか!とお願いに、カタカムナ神社の神主と名乗る平十文字と出会います。
楢崎さんは、わかりましたと。
場所を変え、すると次の日お礼にと、カタカムナ神社に伝わる御神体(巻き物)を見せてくれると言う話になります。そして見せてもらうことに、、、、
みたこともない渦巻き状の歌らしきもので、カナで書かれています。

これは文献?もしかしたらと、研究させてもらえないかと頼みますが。持ち出す事は駄目なので、写すならと、承諾を得て。通いつめ二週間程で書き写します。

そして、お別れをし、次に訪問したときにはカタカムナ神社も、神主も、見当たらなかった。何も残っていない。

そのあとも、楢崎さんは研究を進め、今もお弟子の方々は、カタカムナによって健康になるための研究や、言葉の解釈の研究等をされています。

これがネットに出ている話ですが、坂本さんはの口からは少し違います。

芦屋道満が弟子と掘り起こした33枚の石板ですが、実際は800枚あります。
そして、カタカナこそが宇宙語と言うことです。さらに日本語は、宇宙共通語であること。(昔の日本語であり、最近の言葉は時代で意味が変わってきているのと、無くなった言葉や、言い方の違がってきているものも有るようです)
日本語なのですが、宇宙人が早口でしゃべると聞き取れないらしいです

石板には、中等生命体の科学技術が記されています。
あの、ムー大陸が沈めさせられた時、200の筏(イカダ)に中等生命体の機械等、詰め込んで逃げ延びた、アーリア人。
二回目の人類再生計画の時のものでした。

高等生命体に、科学技術を取り上げられないように、普通ならマイクロチップのような記憶媒体に残すと考えますが、それだと取り上げられるため、

まさか旧式な、石にその技術を書き記し、伝承として自分たちが死んでも後世に残せると、考えました。

まさか、こんなものに残すわけがないと、意表をついて残すことに。
成功しました。

ですが、、、、、、、、、後に体が大きいために食料問題にもなり、3メートル50センチも、あった天皇、日本人は黄色人種の(ベトナム人)を連れて来て、
体を小さくして行く為に、交配していきました。そしてそれが能力を薄めていくことになり。
段々と石板が読めなくなって行く原因となりました。

掘り起こしたあと、
芦屋道満がその石板に触れると、四十億年先の未来の技術、膨大な知識が流れ混んで来ました。
弟子達も、触りますが、あまりにも膨大な知識の為能力のない者は1ヶ月も寝込む程の頭痛に悩まされることに成りました。私たちも勉強すると頭がいたくなりますね🤣。
道満は、大丈夫だったようです。

そして、石板から入りきったとき、道満は、やっと意味が解ります。
この石板が何なのか、どういう経緯でここに石板が有るのか、何のために?全て理解できたそうです。
道満は、これを巻き物に書き上げていきます。そしてそれを代々守って行くようにと有る男に託す事になりますます。

それが、現代で楢崎さんが出会った、末裔の人物になります。

カタカムナの第一首に「カタカムナ ヒヒキ マノスヘシ アシアトウアン ウツシマツル カタカムナ ウタヒ」

ここにアシアトウアンと出てきます。

平十文字、カタカムナ神社の神主とされてます。

この方は、
源氏と平氏が有りますが、
平清盛の筋の人間。浜田十文字(はまだともんじ)、壇之浦の戦いの生き残りで、
生き延びた所を、芦屋道満がかくまっています。
(何故かくまうのか?それは藤原についていたのは安部清明でしたね、藤原氏の手下は源氏、武力担当)

そしてこのカタカムナの巻物を守っていけと!芦屋道満から任されます。
時代が合わないのは平十文字は一人では有りません、歌舞伎等と同じで受け継がれる代々の名前でした。

と言うことで、芦屋道満からカタカムナが繋がってきます。
ここは、カタカムナの研究をされている方もおられるからなのででしょうが、相手に気お使われて、濁されています。

カタカムナは、ダダの中等生命体の科学を記したのも。
そのカタカムナに、体の調子を整えたり、そう言う能力が、有るかはわからないと😉。

下等生命体の勝手な思い込みかも知れませんね。只、思いが現象化するなら、カタカムナの言葉の振動数が影響させているのかも、、、。

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